Memories Off
スペシャルサイドストーリー
「Memories Mirage」
Act:03 『心の傷痕』・・・・・・・過去からの呪縛・・・
(前回より)
(セ・・・セシル!?・・・・・・でも・・・まさか・・・そんな事・・・・・・・・・)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あれ?どうしたの、涼君?」
「どっか、具合でも悪いんじゃないの?」
と千沙都と美沙都が心配そうに言葉をかけた。それは本当に小さな声だったが、唯笑を見つめ続ける涼を
現実に引き戻すには充分だった。
「!!・・・・・・・っと。Grobheit(失礼)!」と謝るが
「ほえ?ほええ??」
と唯笑は相変わらず状況が掴めていないらしい。
「涼お兄ちゃん!唯笑ちゃんがドイツ語が分からなくって困ってるよ」
とみなもがフォローを出す。
「ゴメンゴメン。知り合いに似てたものだから・・・その・・・ね?」
すかさず涼も謝る。
「そろそろ座ってもいいかい?立ち話を続ける趣味は無いからね」
と言いながらゆっくりとした動作で壁際に座った。
智也も決して体が小さい方ではないが、それでも涼の体格には二周りほど及ばない。
「で・・・でかい・・・」
「智ちゃんよりもずっと大きいよね・・・」
と智也と唯笑がヒソヒソと話しているのを聞いて、彩花が
『体が大きいのは、氷乃森家の特徴なんだって』
と説明する。そして、それをフォローするように、千沙都と美沙都が
「私達だって、160後半あるしね?」
「そ、だから服を選ぶのに苦労してさぁ〜〜〜」
とおどけて見せる。
「ふふっ・・・みぃちゃん、それ言ったら華音も一緒だよ?」
と華音が涼の隣に座り直しながらつっこむ。
「あ゛・・・そうだった」
「ま、背の高い人共通の悩みだしね?」
と涼が話を締めくくるが、唯笑がすかさず
「でもさぁ、何で涼君は唯笑を見つめてた訳?」
と尋ねた。
「ん・・・なに・・・ケーの書店に、よく似た女の子がいたんで・・・・・・ね、その・・・懐かしくって・・・さ・・・」
と答えるが、何故か歯切れが悪い−あるいは、『何かを隠そうとしている』とも取れなくも無かった−返事だったが、
唯笑は別の事に興味を抱いたようだった。
「『けー』?けーって、何?」
と涼に尋ねる。
「『ケー』って言うのは、『ケーニヒスアレー』、つまりデュッセルドルフにある大通りの名前さ。『シャンゼリゼ通り』の
デュッセルドルフ版みたいなものかな?」
「あ!デュッセルドルフの人は、『ケー』って略して呼ぶって聞いた事があるよ!!」
とみなもが思い出した様に声を上げた。
そして、お泊り一日目は色々な話に花を咲かせて過ぎていった・・・・・・・・・。
そして二日目、時間は午前9時・・・。
「ねえねえ?これからさ、みんなで買い物にでも行かない?」
と美沙都が急に切り出した。
「うん!いくいくぅ〜〜〜!!」
とマンガを読んでいたみなもが賛成し、
『私も!!』
と彩花が表情で同意する。
「俺も行こっかな・・・」
「唯笑も唯笑もぉ〜〜〜!!」
とゲームをしていた智也と唯笑も参加。
「じゃあ、私も行こうかな・・・」
と壁際に座ってファイルで閉じられた何かの冊子−そのファイルには「国際外科学会論文抄録」と表題がついていた−を読んでいた涼も頷いた。
「じゃあ、私も」
と華音も同意したが、
「私は母さんの手伝いでもするわ。だって、お祝いは今夜なんだし・・・」
千沙都は少々残念そうに断った。
そして10分後、一行は連れ立って街のショッピングセンターへと出掛けて行った・・・。
『ショッピングセンター・メロディ』に着いた後、一行はお祝いの品物を手に入れるべく行動を開始した・・・。彩花・みなも組は花屋へ花束を、智也・唯笑組は文具店でメッセージカードを購入。涼は書店で時代物の小説を購入後、菓子店で和菓子(みんなでつまみ食い用にであるが)を購入していた。
そして・・・。
「ねぇねぇ、華音ちゃん?この半纏(はんてん)なんかどう?薄紫でさ、ちゃんと綿が入ってるやつ」
「うーん・・・。それよりもこのパジャマなんかどう?触った感じもすごく暖かそうだし・・・それに、これって、半纏もセットになってるみたい」
「あ、ホントだ!!それに結構お買い得な値段だし」
華音と美沙都は、量販店の服飾売り場でお祝い用の服を見繕っていた。
そして、購入後−結局は華音の見立て通り、半纏付きのパジャマを折半で購入した−二人がジュースを飲んでいた時、その『事件』は起こった。
「あー!こんな所に[ウサギ女]がいるぞ!!」
と言う声が聞こえ、数人の男子−いかにもガラが悪そうな雰囲気と、それらしいファッションだった−
が二人を囲んでいた。と同時に、華音がビクッと小さく体を震わせた後、急に自分を抱きしめるように体を縮めて小刻みに震え始めた。
「!!・・・あんた等ねぇ、いい加減にそれやめたら?その所為で、誰が一番苦しんだか解ってんでしょうね!!」
いつもは朗らかな美沙都だったが、今回ははっきりと『怒り』が込められた声でその男子の集団を睨み付けていた。
「ヘッ、保護者ぶってんじゃねーよ!」
「そそ、コイツ見てると、ムカつくんだよ!俺はなぁ!!」
別の少年がそう言うなり、手に持っていた小さな礫のような物を華音目がけて投げ付けた。普段の華音ならば、寸前でそれをかわす事など造作もなかった。あるいはキャッチした後、投げ返していたかもしれない。だが、
彼女は明らかにいつものキレを欠いていた。
「痛っ!」
礫を額に受け、華音は痛そうに手で額を押えてうめき声を上げた。
「あんた達がそんな事してるから、華音ちゃんがこんなに苦しんでるのよ!!ちょっとは罪悪感感じたら!?」
美沙都の声が段々怒りに満ちてくる。そこへ、涼を除く4人が帰ってきた。
「おーい!美沙都ちゃん、どうし・・・!ど、どうしたの!?」
「華音ちゃん!!大丈夫か!?・・・お前等何なんだよ!?」
「華音ちゃん!大丈夫!?」
と唯笑達が口々に心配し、彩花は険しい表情で取り囲んでいる少年たちを睨み付けた。
「何だよ、テメェら。ああ?」
「俺達に何か文句でもあんのかよ!?」
少年達は少しも怯まずに、むしろ余計に調子付いている様だった。
「華音ちゃんになんて事すんのよ!!」
「そうだよ!!可哀そうじゃないの!!」
美沙都と唯笑が激しい口調で非難の言葉を投げかけたが、
「ヘン!ウサギ女をウサギって言って、何が悪いんだよ!」
と少年の一人が反論する。
「・・・それってまさか、華音ちゃんの目の色が赤いからなの?」
とみなもが険しい表情のままで尋ねた。
「だったらどうだってんだよ、ああ?クソガキが!!」
「私、そんな言われ方したくないもん!!」
「ケッ。じゃあ、そっちのウサギに似た女は何なんだよ!?まさか、コイツもそうなんじゃ・・・」
『違います!!あんたたちみたいな人に、言われたくないわよ!!』
と彩花は持っていたメモ帳に書き込んでそのページを投げ付けた。が、その行為が彼らを怒らせた。
「そうか・・・。おまえ、喋れないんだろ?口無し女はすっこんでろよ!!」
と急に彩花を突き飛ばした。
「彩花!!」
と叫んだ智也が咄嗟に抱き止めたおかげで、怪我は無かったようである。
「あんた達ね。そう言ってるのはいいけど、涼君が来たら骨の一本じゃあ済まないわよ?」
と美沙都が少し脅し気味に言った。が・・・
「!!やば・・・、涼君が本屋の方向に向かったって事は、この騒ぎを聞き付ける可能性が・・・」
「もう遅かったりして・・・」
そう、まさに少年達の背後には腕組みし、笑顔−怒りのあまり引きつっていたのは言うまでもないが−を浮かべた
涼が立っていた。
「な、何だよ手前は!?」
と少年の一人が叫びながら殴りかかったが、涼は流れるような動きでその少年の腕をつかんでいた。そして・・・
『ハァッ!!』と言う気合とともにその少年を投げ飛ばしていた。
その勢いで真っ白い髪が宙に踊り、そして重力にしたがってまた元に戻った頃には、投げ飛ばされた少年は涼の遥か後方のノリウム張りの床−距離にして十メートルほどはあった−にうつ伏せに叩き付けられていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
少年たちはは無論、智也たちも一瞬何が起こったのかが判らなかったようである。だが、
美沙都だけは全て分かっていた様で、
「初めて見るけど、涼君の八間投げって凄い威力ね・・・」
と呟いた。
「八間投げ!?普通は四間じゃないのか?」
と智也が尋ねたが、その問いには華音の所に回り込むように歩いて来た涼が答えた。
「そう。普通は四間投げといわれるこの投げだけど、私の場合は投げる瞬間に力を乗せて投げるから倍の八間・・・
つまり約14.5m投げてるって事さ」
「そ・・・そんなに投げちゃうの・・・?」
と唯笑が呆然とした様子で問いかけ、彩花も『信じられない』といった様子で涼を見つめていた。が、
納得が行かなかったのは少年達の方だったらしく、
「この野郎!ブッ殺されたいのかよ!!ああ!!」
と怒鳴り散らしていたが、当の涼はいたって悠然と構えていた。いや、むしろその少年たちが『ここにはいないモノ』
であるかの様に、完全に無視を決め込んでいる様でもあった。
そして、腕時計を見ながらおもむろに
「さて、そろそろバスの時間なわけだし、お祝いも買ったところで帰ろうか?」
と涼が促し−当然の様に、華音の脇を支えながらではあるが−少年たちに背を向けて階段を下っていった。
「おい!コラ!逃げるのかよ!?」
「勝負しねぇのかよ!?ああ?」
「・・・・・・・・・・・・!!」
等と上のほうでは少年達が口々に叫んでいたが、そんな彼らに向かって、
「吠えるだけならば、路地裏の野犬でも出来るさ。一人でかかって来れないのは、自分が弱いという
自覚があるからだろう?」
と涼が睨みを聞かせながら言い放った。実際、少年達がかかって行けなかったのは、先程の八間投げのインパクトがあまりにも強過ぎた為に怯えてしまっていたのである。そんな彼らを尻目に、
涼達はショッピングセンターを後にした・・・。
その後、家に戻った智也達は千沙都や蛍子を手伝い、夜のお祝いの準備をした。そんな中、涼の両親−華音の両親でもあるが−が昨年にデュッセルドルフで交通事故で亡くなっている事や、それがきっかけで涼の頭髪が真っ白になってしまった事など、涼は手際良く手伝いながら色々と話した。
「う〜ん・・・」
「?・・・どうしたんだい。なんか『納得行かないなぁ』って顔してるけど?」
そんな話が一段楽した時点で、唯笑が涼に対して見せた疑問の表情を涼が気付いて尋ねた。
「だって、涼ちゃんのお父さんとお母さんは亡くなっちゃってるんでしょ?だったら、『どうして
お祝いなんかするのかなぁ〜』って思っちゃって」
と唯笑が頭に浮かんだ疑問をぶつけてみたが、その問いに対する涼の答えは意外なものだった。
「ああ、その事か・・・。父さん達は、『もしも自分達が先立つ事があったとしても、お袋の祝いだけはしてやってくれ』って、帰国してる間に叔父さん達に頼んでたらしいよ。反対はされたそうだけど、『長男なのに自分の好き勝手させてもらってるんだ。好き勝手ついでに頼む』って言って、OKさせたらしいよ」
「ふーん・・・。結構こだわらない人だったんだ・・・」
「まぁね。風習とかそういうものには、無頓着な人だったからね」
「涼お兄ちゃ〜〜〜ん。こっちのお皿取ってぇ〜」
「Ja!すぐ行くよ!!」
とみなもの所に足早に行った涼の背中を、唯笑はただ見つめていた・・・。
その夜行われた氷乃森 はつゑの米寿の祝いには、親戚達が集まり、盛大に行なわれた。そして、その席でもやはり慎一郎・ニーナ夫妻の訃報は知らされたが、『この祝いだけは』と言う慎一郎の遺言もあり、宴は無事に終わった。
そして、深夜・・・。やっとのことで眠りについた−寝る場所は、客間に涼と智也・千沙都と美沙都の寝室には彩花が、そして華音の寝室には唯笑が一緒に眠り、みなもは両親とともに眠りに就いていた。因みに他の親戚達は、離れや近所の旅館などに部屋を取っていた−智也がふと目覚めると、少し離れた所に寝ていたはずの
涼の姿が見えないことに気付いた。
「あれぇ・・・おっかしぃなぁ・・・」
とトイレついでにと起き上がった智也がふと見ると、窓際に腰掛けて胸元のロケットを見ている涼が視界に飛び込んできた。蒼々とした月明かりに照らされながら、どこか儚げな表情を浮かべた涼は幻想的で、智也は声を掛けずに、こっそりとトイレに向かっていった。
そして、丁度智也がトイレから出てきたその頃、華音の寝室で寝ていた唯笑が、自分の隣で寝ていた
華音の様子がおかしい事に気付いた。瞼が閉じられているので、寝ている事は間違い無いようだったが、呼吸が荒くなり、額にびっしょりと汗をかいている。そして、時々魘(うな)されるように苦しげな声を上げていた。そして・・・
「う・・・ううう・・・・・・。いや・・・。や・・・・・やめて・・・・・・」
「か・・・華音ちゃん?どうしたの!?」
と唯笑が声を掛けるが、華音は
「お願い・・・。お願いだから・・・も・・もう・・やめて・・・・・・・・・」
と呻き声を上げるだけである。
「華音ちゃん!華音ちゃんってば!!」
と唯笑が華音の両肩を掴んだその瞬間・・・・・・・・・。
「イヤァァァァァァッ!!!!!!」
瞼は閉じたままで華音がいきなり絶叫し、唯笑を激しく弾き飛ばした。
「キャァッ!!」
唯笑は弾き飛ばされ、ベッド下に落ちたが、起き上がることも出来ず、華音の魘され様にただ怯えるだけだった・・・。
華音が唯笑を弾き飛ばすその少し前、窓際に腰を下ろしていた涼は、ロケットの中の写真を見つめていた。その写真は、涼と一緒に一人の少女−姿は唯笑にそっくりだったが、美しいブロンドの髪をしていた−が仲良く写っていた。そして、涼はそのロケットをパチンと閉じると、
「セシル・・・。私は君がいなくなった事の痛みはとっくに忘れたはずだったのに、そっくりな女の子がいてね。どうしてだろう・・・彼女を見てると、どうしても君を重ねてしまっているんだ・・・」
と呟いた。そして、そのまま顔をうつむけた瞬間・・・・・・。
『イヤァァァァァァッ!!!!!』
と華音の悲鳴が二階から聞こえてきた。
「!・・・華音か?・・・まさか!?」
反射的に顔を上げた涼が急いで二階に駆け上がるのと、みなも達が部屋を飛び出したのはほぼ同時だった。
華音の部屋には先に千沙都・美沙都と彩花が駆け込み、華音をしっかりと押え込んで−彩花は体格的に難しかったので、唯笑の傍について、千沙都と美沙都で華音を押さえ込んでいた−いた。そしてそこに、
「華音お姉ちゃん!どうしたの!!」
とみなもがかけこみ、続いて智也と涼も
「何かいたのか!?」
「華音!どうした!?」
と飛び込んで来た。
「あ・・・涼君。だ・・・大丈夫、きっと・・・・・・例のアレ・・・みたいだから・・・」
と千沙都が必死に上半身を羽交い絞めにしながら答えた。
「そうか、またアレか・・・・・・・・・」
どうやら涼は今回の華音の変化について何かを知っているようだった。
「?アレ??アレって一体・・・・・・」
『何なの?アレって・・・』
と唯笑と彩花はそろって千沙都に尋ねた。
「ちょっと待って・・・華音ちゃん!落ち着いて!!大丈夫、大丈夫だから!!・・・・・・ね?」
と美沙都が華音に抱きついたままの姿勢で華音に語りかけた。
「!!・・・・・・・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・。ゆ・夢・・・?夢・・・なの・・・?」
どうやら今の一言で華音も正気に戻った、いや、目が覚めたようである。
「うう・・・。う・・・う・・・う・・・。あ・・・ああ・・・・・・」
そして今度は急に声を詰まらせ始めた。両手で身体を抱く様にして、あふれ出る声をかみ殺し、小刻みに肩を震わせ・・・そう、泣き出したのである。ただ肩を震わせ、溢れ出る涙を必死こらえながら・・・。
「でも、一体何が起きたんだ?いきなり叫び声が聞こえたから慌てて駆けつけたんだけど・・・」
という智也の問いに対し、
「華音ちゃんは失明してからこっち、毎晩の様に悪夢・・・いじめられてた時の事や、事故の瞬間の光景に
魘されて熟睡出来ないそうなのよ・・・・・・」
「そう。普通に眠ってるときでも、すごく睡眠が浅い・・・、ほとんど夢を見る寸前の状態で眠ってるそうなの。でも、
熟睡してしまうとすぐに魘されて・・・」
と千沙都と美沙都が両側から華音の肩に優しく手を添えながら説明した。
「でも、どうして・・・」
『そうなるんだ?』と智也が聞く前に
「PTSDだよ・・・・・・」
と涼が視線を逸らしながら苦々しげに呟いた。
「ほえ?PTSD??」
と言う唯笑の問いに対して、
「PTSD・・・。訳すると『心的外傷後ストレス傷害』−大きな事故や事件に巻き込まれた被害者が発症する、
精神的不安や離人的対応等の状態・・・。簡単に言えば〔心の傷〕と言えるのかな・・・」
と涼が説明した。
「そ・・・それじゃ・・・」
「華音ちゃんは、ずっとうなされっ放しなの?」
と唯笑とみなもが〔信じられない〕といった表情を浮かべながら、ようやく泣き止んだものの、
まだ体を震わせている華音を見やった。
「そうでもないさ。時が解決してくれることもあるし、何よりも、本人の〔強い心〕が、最大の特効薬なのさ」
と涼が華音の肩に手を置きながら呟いた。
そしてその後、華音にも別段の変化は無く、夜も静かに更けて言った・・・。
あくる日、彩花達が藍ヶ丘に帰る日・・・。朝から雪が降り続き、周りは白一色に染まっていた。
「今日でお別れか・・・」
「そだねぇ・・・」
『でも、また会えるよ。夏もくればいいんだし、それに華音ちゃん達も遊びに来てくれるし』
と彩花達が話していると、
「お早う・・・・・・・・・」
「Guten(お早う)・・・・・・」
と言いながら、華音と涼が揃って居間に現れた。
「華音お姉ちゃん、大丈夫なの?」
とみなもが不安そうに尋ねたが、
「うん、大丈夫だよ。起きてる間は怖くはないし・・・」
「そっか・・・なら、大丈夫だよね?」
「うん・・・」
と答える表情からは、昨夜の影響は無いように見えた。
そして朝食後、彩花達は自分達の住む藍ヶ丘へと帰って行った・・・・・・。
因みに、帰り際に涼と華音が〔もしかしたら雪ヶ峰を出るかも知れない・・・。何所に行くかは判らないけど、
藍ヶ丘辺りを考えてるよ〕
と言っていた・・・・・・。
「さて・・・と。学校に行って転校手続きでもしてくるかな・・・」
「う・・・うん・・・・・・」
「気にしないの。大丈夫だよ・・・連中はどんな顔するかは知らないけど、真相知ったら普通ではいられないかもね」
「もしも喜ぶようだったら、そんときは引っ叩いてやるから!」
と見送りが済んだ後も、4人は舞い散る雪の中で転校−去り行く事への名残と、新しく訪れる土地への不安と希望−について言葉を交わしていた・・・。
それから一ヵ月後・・・・・・・・・・・・。
「それじゃ、涼君も華音ちゃんも体には気をつけてね・・・」
「あのね・・・。誰がついてると思ってるんだい?」
「また、休みには遊びに来てね・・・。ずっと待ってるから・・・」
「向こうでも、しっかり頑張るんだよ・・・」
「うん・・・ありがとう。それじゃあお婆ちゃん、もう行くね・・・」
「涼君、頼むよ・・・」
「はい。華音の事は、責任持って面倒見ます」
こうして氷乃森本家の面々に見送られ、氷乃森
涼・華音兄妹は、新しい転校先『藍ヶ丘北中学』のある澄空市へ向かって、また華音にとっては、思い出の詰まった故郷であり、心に深い傷を刻み付けられた悲しい思い出の場所でもある雪ヶ峰町を去って行った・・・。
そして、三学期の始まってからしばらく後の二月上旬・・・。彩花は残念な事に市立の養護学園に転校してしまっていたが、智也達や他のクラスメート達とは毎日のように会える日々が続いていたので、
特にショックを受けた者はいなかった。
いつもの肌寒い朝、いつものように学校に着いた智也と唯笑だったが、クラスの様子がいつもと違うことに気付いた。
『なぁ、しってるか?凄いよな・・・』
『大学出ちゃってるんでしょ?』
と囁く声が、廊下のあちこちで聞こえていた。
「そうか・・・。涼が転校してくるのか・・・」
「みたいだねぇ・・・」
と智也も唯笑が話し合ったそのときに、智也のクラスメイトの少年がいそいそとこちらに駆け寄ってきた。
「おい三上!!ビッグニュースだぞ!!」
「もしかして、転校生の事か?」
と智也が切り返すと、その生徒は驚いた様子で
「な・・・何で三上が既に知ってるんだ!?」
と派手に驚いていた。
「知ってるよ、あいつの事なら大抵はな・・・」
「唯笑も知ってるよ」
「そ・・・そうなのか・・・?」
と彼は去って行った。そして、二年B組の教室の前で唯笑と別れる間際に、〔果たして涼はどちらのクラスに来るのか?〕と言う事を少し話した後、お互いの教室に入っていった。
始業時間のチャイムがなり、教師達が手に手に教材や教科書、あるいは出席簿を持ちつつ自分のクラスに向かう中、二年B組担任の川島先生は、職員室隣の校長室で校長先生から新しく転入する生徒の説明を受けていた。
「・・・・・・で、彼はこうしてスーツを着ている訳だけど、校則上は問題ないですから。後、頭髪は短くすると威圧感が出てしまうそうだから、本人の強い希望でこのままで通すそうです、生徒指導の飯田先生には私の方から既に話してありますから。では川島先生、お願いしますね」
「はい、分かりました。では、よろしくね?」
と川島先生がその転校生の手を取って握手した。
「じゃあ、教室に行きましょうか?」
「はい。それでは・・・」
そう言って席を立った少年−少年と言うにはかなり大柄な体格をしており、腰まである頭髪は全ての光を反射するかのように白かった。そして、グレーのスーツに白いスカーフタイを巻いたその少年は、紛れもなく涼だった。−は川島先生の後について自分が転入する教室・・・二年B組を目指して歩を進めていった。
その頃、2-Bの教室ではクラス中が新しい転校生の噂で騒然となっていた。そして、それから程なくして川島先生が教室に入り、いつもの朝の挨拶が済んだ後、
「どうやら、皆にはバレてるようだけど、転校生を紹介します。特に・・・」
と、そこで一旦会話を切った後・・・。
「喜べ女子ィーーーーー!!そして・・・驚愕せよ男子ィーーーーー!!」
と、大仰なアクションと大声で叫んだ後、
「では、入ってきて自己紹介をして頂戴!!」
と教室の前の戸を開いた。
そして教室に入ってきた涼を見た瞬間、クラス中の空気が一瞬固まるのが見えた・・・。
「あ・・・・あいつ・・・ホントに14歳なのか?」
「でっかーい・・・180超えてるよね、絶対・・・」
等、クラス中が涼の姿に騒然となった。
当の涼自身はと言うと、普段とまったく変わらずに、教卓の横に静かに立った後、
「お早うございます。そして、初めまして・・・。今日からこのクラスに転入することになった『氷乃森 涼』です」
と日本語で挨拶した。そして、クラス中を軽く見渡した後智也がいることに気付くと、軽く笑いかけながら人差し指と中指を揃えて前に振り出すようなリアクションを見せた。
「あら、氷乃森君は三上君を知ってるの?」
と優夏が尋ねた。
「ええ、まぁ・・・」
と涼はおざなりに答えてその場を収めた。
「そうね・・・。じゃあ・・・窓際の一番後ろにしましょうか。あそこがあなたの席になるから」
と涼の席を指定してから、軽く涼に関する説明を済ませ、優夏は英語の授業に入っていった・・・。
そして、その日の全ての授業が終わり、智也と彩花・唯笑に加え、涼の四人が長い影を地面に落としながらそれぞれの家路に向かって歩いている時に、遠くからもう一人の見慣れた姿が杖を突く際のコツコツという音を響かせながらこちらにやってきた。
「あ、お兄ちゃん、お帰り〜。それに、彩ちゃんたちもお帰り!」
「わーい、華音ちゃんも一緒だったんだ?」
「でも、学校はどうするんだ?」
と智也が疑問に思った事を尋ねたが、あっさりと涼は
「心配はいらないよ。点字教科書を作って、皆と同じ学校に通えることになったから」
と答えた。しかし、〔でも・・・〕と前置きした上で、
「華音の復学は4月からだよ。それまではこの町に慣れる必要があるし、それと点字教科書も作らないといけないしね」
「そっか・・・4月からか・・・」
と唯笑が少し残念そうにつぶやいた。
「でも、復学って言っても2年生のやり直しだけどね」
と華音が少し申し訳なさそうに話に割り込んだ。
「?・・・そうか・・・。2年になってからすぐにあれだから・・・」
と智也が気付き、彩花も華音の背中に
『残念だな・・・一緒に卒業できると思ってたのに・・・』
と指で書き込んだ。
「ふふ・・・心配してくれてありがとう・・・。でもね、そんなに後ろ向きに考えない事にしたんだ・・・。だって、今までの私はもう・・・あの事故で死んじゃったから・・・。でも、〔新しい私〕はその後に生まれたんだよ。だから、私は自分の過去を悲しまない。〔前向きに生きていくんだ〕って・・・決めたから」
と華音が微笑みながら答える。
そして、いつの時からか動き始めた時の歯車はスピードを上げ、新しい世界−蜃気楼と言う名の世界−を更に紡いで行った。そして、運命と言う名の気まぐれは、更なる蜃気楼を求めて動き続ける・・・。
氷龍「と言う訳で、『Memories Mirage』の第一部が終わった訳だけど、どうだった?」
涼「う〜ん。執筆時間が長か・・・」
氷龍:(゚▽゚(C=(`Д´;O)オラオラァ!!
涼「ぐぅぉばぁ!?(気絶)」
氷龍「いやかましぃ!!」
華音「苦労しましたよね・・・」
氷龍「ま、まぁね・・・。当初は一部5話構成の三部作+エクストラにしようとしてたから・・・」
華音「それは長すぎでしょ・・・」
氷龍「うん。反省して4話二部構成+エクストラに修正した・・・」
涼「(ムクリと起き上がり)で、そのエクストラはどんな話にするんですか?」
華音「回復早いんだ・・・。あ、でも、それ気になる!!」
氷龍「そんな事言っても教えない!ネタは既に浮かんでるけどね」
華音「ええ〜〜〜っ!!ズルいぃ〜〜〜っ!!ほらほら。このSS楽しみにしてる全国5000万人のメモオフファンが・・・」
氷龍「そんなにおるかい!!」
華音「あ・・・・バレた?」
涼「そりゃあバレるよ・・・。華音、こう言う時はもっと上手な嘘をつかないと・・・」
氷龍「そういう問題でもないだろ・・・」
涼「さて、第一部が終わって、これから第二部ですよね。次は何時位に公開予定ですか?」
氷龍「いや、特に決めてない。ゆっくり静かに、でも急いで書くよ」
華音「頑張って下さいね」
氷龍「さて、これから続く『Memories Mirage』第二部に皆さんどうぞ御期待下さい」
涼「それでは!」
華音「いつかまた会えるといいな・・・」
氷龍「第二部に請う御期待!それでは!!」
全員:「Auf Wiedersehen!!」